脳の闇

人間の厄介さを知っていますか
ブレない人、正しい人と言われたい、他人に認められたい……集団の中で、人は常に承認欲求と無縁ではいられない。
ともすれば無意識の情動に流され、あいまいで不安な状態を嫌う脳の仕組みは、深淵にして実にやっかいなのだ――
自身の人生と脳科学の知見を通して、現代社会の病理と私たち人間の脳に備わる深い闇を鮮やかに解き明かす。

今回紹介する本

脳の闇

出版社: 新潮社
発売日:2023/2/1
単行本:272ページ
著者:中野信子
東京都生まれ。2008年東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。
東日本国際大学教授、京都芸術大学客員教授。医学博士。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。

目次

この本を読むきっかけ

以前「影響力の武器」を読んでから、巷で流行っている「脳科学」に興味を持ち、書店のブックランキングに入っていたのがきっかけです。
中野信子さんについてはメディアなどでお見掛けすることも多く、Webサイトの記事も読んだことはありました。
著書についてはこの本が初めてです。著者のエッセイに近い感じでしたが、気になっていた脳科学の話もあり、知りたかったことを知ることができました。
今回は著書の中で気になったことや、私の知りたかった脳科学のことを中心にピックアップし、私が分かりやすいように編集しました。
詳細を知りたい方はぜひ本書をご購読下さい。

まえがき

承認欲求をあからさまに大勢の人の前で表現しすぎる人はなぜか、一般にあまり歓迎されません。
特に日本ではその傾向が強いように見えます。
この国では、社会性が高くないと生き延びていく上で不利な立場に立たされる可能性が高いのです。

著者は、どうしても語らなければならないときは、できるだけわかりにくく、知的リテラシーというピースがなければ読み解けないパズルのように発信してきました。

承認欲求と不安

不安感

源泉にはTHPといった神経ステロイドなどいくつかの物質の関与が指摘されています。
神経伝達物質のうち「不安」というキーワードで想起される、もっとも代表的なものは「セロトニン」でしょう。
セロトニンは、やる気や安心感をもたらすものとして知られている物質ですが、不足していると不安感を高めることが指摘されています。

予測され得るリスクを回避し、将来的にリスクになり得る要因を検出し、排除するために「不安」があります。
つまり、生物は不安という感情をアンテナとして、未来にそなえて自身が生き延びる確率を上げるために利用しているのです。

現代に生きる人間たちにとって、リスクとは何でしょうか。
人間にはもはや天敵が存在しません。
人間たちの脳に備え付けられた不安というアンテナは大きな、あるいは確実なリスクを検出することができなければ、その感度をあげて、本来ならリスクにはなりえないようなことをわざわざ拾い上げてしまうようです。
恐ろしいのは、こうしたリスクを検出する不安感情の機能が、自分自身の存在意義や内面に対して発動してしまうときです。

不安感情は、本当は存在しないこの地獄を、脳の中に構築してしまうのです。

存在論的な不安は根本的には死によって解消されます。
しかし、生きていることで感じられる、ちょっとした刹那の幸福の連鎖を味わい続けることが、もしかしたら、生きるということの意味なのかもしれません。

承認欲求

この拭い去りがたい、ヒトに特異的な欲望と快楽のかたちを、もしかしたら過去の宗教家は「業(ごう)」と呼んだのかもしれません。

人間は、誘惑に弱く、欲深く、愚かで、忘れっぽい・・。
その方が生き延びる力が高い、ということは十分ありえることです。
承認欲求があることの意味も、そういうことなのでしょう。

適応の結果、承認欲求の高い個体が生き延びたのだとすれば、これを利用した方が生き延びやすいに違いありません。
ただ「不安と闘わない」という方法もあります。
「目を逸らしておく」という戦略はとても有効です。

脳は自由を嫌う

タイムプレッシャーによる意思決定

直観を働かせて判断しているときは、じっくりと時間をかけて意思決定する時に使われる、理論的な機構が機能していません。
脳内における情報処理は異なる様式で行われています。
見かけ上、冷静な判断が阻害されて、焦りによってつい購入ボタンをクリックしてしまうという行動が誘発されたように見えるだけなのです。

脳の前頭野にある「背外側前頭前皮質」が、冷静にものを考えて損得を計算する領域として知られています。これは、体調や気分によって機能が十分に発揮できなくなります。

ブランド機能の認知

主観的な快楽を感じるときに活動すると考えられている脳機能領域(社会脳と俗に呼ばれる)が、「腹内側前頭前皮質(vmPFC)」です。
この機能が正常に働いているとき、わたしたちは誰かの思いを無意識に察し、自分の好みにすら蓋をして、考えを曲げ、ブレて、迷います。
これほど精緻なことを生得的にやってのけているというのに、その高度な機能を「内省」して「恥じる」という矛盾を生まれながらにして仕組まれているのです。

人はかくも騙されやすい

一般に騙されやすくなっているとき、その人の「メタ認知」能力は下がっています。
メタ認知とは、簡単にいうと「自分自身を俯瞰で見る」脳の機能です。
この機能が十分に働いていれば、中立であろうと偏っていようと、自分にとって不都合な情報も適切に取り入れることができるはずです。

そもそも脳は、怠けたがる臓器です。
脳は、人間が身体全体で消費する酸素量のおよそ4分の1を使っています。
そのため人間の体は本能的に、脳の活動量を押さえて負荷を低くしようとします。
ところが「疑う」「慣れた考え方を捨てる」といった場面では、脳に大きな負荷がかかるのです。
自分で考えず、誰かからの命令にそのまま従おうとするのは脳の本質ともいえます。

「わからない」を嫌う脳

あいまいにしておく、という解決法をもっておくのは極めて重要なことです。
この「わからない」を抱えておくことに耐えきれず、あいまいにしておけばいいものを、何の合理的な理由もなく暴こうとしてしまうことがしばしばあります。

脳は自分の体の中で、わずかな重量パーセントを占めているだけなのに、リソースは実に5分の1から4分の1も使ってしまうという浪費家です。
少しでも楽をしたいと常に願っている、働くことの嫌いな臓器でもあります。

私たちは、それが正しかろうが誤っていようが、一つの考え方に立脚し、確信を持つということに生理的なレベルで快感を覚えるようにできてしまっているのです。
人間は実際にはかなり限定的な情報源をもとに、その小さな情報圏内で、確信的文脈を形成してしまいます。

論理的な判断にもとづく算法を「アルゴリズム」と呼ぶのに対し、特定的なイメージの塊が革新的文脈にまで至る過程で役割を果たすのが「ヒューリスティック処理」です。
限られた数の簡易的な手がかりのみによって迅速に(直観的に)判断を下すことをいいます。
例えば職業に対するイメージで人の性格を特定したり、他人の能力を評価したりする場合に見られるような判断です。

人は自ら決めることにしんどさと面倒くささを感じていて、誰かに決めてもらったほうが楽だと、本心では思っています。
占い師や宗教家に類する人は、脳のこの性質を利用しているのです。

正義中毒

前頭前野には、良心や倫理の感覚を司っている領域(内側前頭前皮質)があります。
倫理的に正しい行動を取れば活性化され、快楽が得られる仕組みになっているようです。
「正しさ」に反する行いをした場合には逆に、ストレスを生じて苦痛を感じさせます。

自分ではない誰かが「正しさ」に反する行いをした場合にも苦痛を感じさせ、それを解消しようと時には攻撃的な行動を取らせたりもします。
「正義のためなら誰かを傷つけてもいい」矛盾した思考の源泉であり、裏切者を排除し、なるべく皆が生き延びられるようにするために脳に備え付けられた必要悪ともなっています。
「正義を執行する快楽」はドーパミンの分泌を促しているのです。

危機的な状況が迫ってくれば、人々は互いに互いを守ろうとして、より親密な交流が活発になり、強い絆を構築するためのホルモン、オキシトシンの分泌が盛んになります。

良心や倫理の感覚を司っている領域(内側前頭前皮質)は「自意識」に深くかかわっているとされています。
内側前頭前皮質は、自分の社会的な位置づけを確認するために常に活動している領域ですが、「カッコいい」の基準を司っているだけでなく、無自覚のうちに私たちの行動を抑制し行き過ぎた利己的な振る舞いを回避させるという機能を持っています。

共感や良心などの前頭前皮質の一部が担当している機能は意外に単純な理由で弱ってしまいます。

  • 不安や危機感が強くて焦っている時
  • 睡眠不足の時
  • 強烈な欲望に駆られている時
  • 権威のある人にそれを行うよう命令されている時
  • 周囲の人誰もがそれを行っている時
  • 正義を行っている時 など

正義中毒を乗り越えるカギは、先にも出てきたメタ認知※です。

※「メタ認知」前頭前野の重要な機能である、自分自身を客観的に見て、その行動や思考を改めて問い直す能力のこと。

前頭前野は成人になってからもまだ成熟に時間がかかる部分であり、しかも加齢に伴って萎縮しやすい部分でもあります。
前頭前野は知能の座でもあり、他人をやすやすと責めるかどうかを見ることでその人の知的水準があらわになってしまうともいえます。

ポジティブとネガティブのあいだ

ポジティブ思考の強要がもたらす波は二段階で襲ってくるといいます。

一段階目は、まず、苦しみを感じている自分自身を嫌悪するということ。
二段階目は、そこから抜け出せない自分、ポジティブ思考になれない自分がうしろめたく、罪悪感を覚えるということ。

本当に溺れている人は溺れているようには見えません。
溺れる人は、静かに沈んでいくのです。

やっかいな「私」

自分を粗末に扱うことに慣らされ、搾取されることがあなたの存在意義だと教えられて、そこから逸脱することを許されてきませんでした。

誰がお金を出すのとか関係なく、誰の顔色もうかがわず、メニューの一番安い方からではなくて、自分の好きなものを自分に適切な量だけ選ぶ。

たったこれだけのことができる人とできない人がいるのです。

そしてその二者の間には大きな隔たりがあります。

自分を粗末に扱わない、という態度を身に着けることは難しい。
けれど、ひとたび身に着ければ、自分をリスクから遠ざけ、自分は大きな価値を持つものだと、自信をもって言うことができます。

孤独願望を強化する働きを持つホルモンは、男性ホルモンのテストステロンです。
この値が高いと、他人から干渉されずに一人で過ごすことを好むようになると考えられています。
テストステロンは興奮状態になったり、集中力が高まったり、イライラしている時など、感情が激しく変化する時に多く分泌されるともいわれます。

毒親問題

まずは形からでも、自分を大切に扱う練習をすることです。
本当にそうしている人は、自分を大切に扱うくせがついていきます。
例えば、お茶を飲む時にお客様用のカップを使うとか、誰にも会う予定がなくても「よそ行き」の服やジュエリーを身につけるとか。
自分はそれに見合う人間だと、自分に教えていくということを一番にやらなくてはなりません。
親がそうしてこなかった分だけ、自分が自分のことを掌中の珠のように大事にする習慣を身に着けることが必要です。

自己卑下する思考回路は、あまり良い結果を生みません。
親から刷り込まれてきただけでなく、社会からの刷り込みもあります。
毒親になってしまう親自身も、自尊感情は低かったのでしょう。
やはりこれも社会によって傷つけられてきたからなのでしょう。

言語と時間について

「言ったことが本当になる世界」
言霊というものの存在とその力に、私たちはもうすこし自覚的であってもいいのかもしれません。

人間は、真実などまるで欲していないのです。
真実を大切にしているようでいて、実際にはその価値はまったく認められていません。
人間が欲するのは「真実らしく見える何か」であり、「自分の不安をなだめられ、あわよくば快感を得られる情報」です。
さらに言えば、その情報が真実かどうかを吟味する術を持たないので、情報そのものよりも、真実らしい情報を発する人間の「肩書き」や「過去の実績」を重要視するという傾向もあります。

人間の認知の興味深いあいまいさは、言葉の発達によってもたらされました。
フォトメモリーと言語によって抽象化する能力はトレードオフなのではないかと考えられています。
言語を持っている特殊な生物である私たちの見ている世界は、決してあるがままの世界ではありません。
言語が支配し、言葉の上に想像された言語が事物を自在に変容させてしまう世界の中に私たちは生きているのです。

「話すといつも新しい発見があるな」と相手に思わせる言葉を話すことのできる人が、これから必要とされるでしょう。

実は、コミュニケーション力などとたいそうなことのように言ってみても、これは単なる言語の運用能力(+それに付随する振る舞いのテンプレ)のことなのはないでしょうか。
それくらいしか、いわゆる「コミュニケーション力」を定量化できる指標を私たちは持っていません。
逆に考えれば、そこをハックすれば、コミュニケーション力がある、と思ってもらえるということです。

時間知覚

社会学、認知科学的な研究からは「時間知覚能力の高い個体が裕福になりやすい」という見解が示されています。
過去から学び、遠い未来を考える力がある人のほうが、生き残るためのリソースを多く得られ、生き延びやすい、ということです。

時間の処理は、側頭葉と頭頂葉の境目である、頭頂側頭接合部で行っています。
ここは空間認知なども行い、アインシュタインの脳ではこの部分が大きかったと言われる領域です。
遠い未来を認知できるのは人間だけです。
また、時間を遡行することも、人間ほどにできる生物はいないだろうと考えられます。

新奇探索性

人間は新しいものを選好し、ハイリスクハイリターンの勝負に心躍らせ、どんなに堅実な人物であっても、退屈な時間が長く続けば心を蝕まれ、一定の刺激がなければ健全には生きられないように仕組まれています。

おわりに

「ブレイクするとは、バカにみつかること」
と有吉弘行さんが言っていました。

この本はバカには読めない本になってしまいました。
赤いのどをみせて、早くエサをよこせとビービー鳴いてせがむだけの、知的に自立もできない人には向かない本です。
本書を理解することが困難な人がもしたとしたら、あなたの知的水準がいまいちなのは私のせいではないので、どうかそのことだけはご理解いただきたい。

感想

この本は約半年前に読んで、記事(読書めも)も作成したのですが、機会があってもう一度読み直し記事をリライトしました。
最初に読んだ時は、語彙や言い回し、専門用語などが難しく、おそらく半分くらいしか理解できていなかったと思います。

あとがきにある通りでした。
「本書を理解することが困難な人がもしたとしたら、あなたの知的水準がいまいちなのは私のせいではないので、どうかそのことだけはご理解いただきたい。」

脳科学に関する研究が進んでいることで、脳科学の裏付けをもとに書かれているライフハック系の本が増えました。
なので、その後に読んだ本でも本書同様の裏付けが書かれており、知識が補強され、当初理解できなかったことが理解できるようになりました。

この記事を書いた人

FPあちこのアバター FPあちこ 1級ファイナンシャル・プランニング技能士

保険や投資信託などの金融商品の販売はしないコンサル専業FPです。
「読書好き」と言うわけではありませんが、コンサルのこと、自己啓発のこと、人生のことなど、"知りたいこと"や"課題解決"の目的があって本を読んでいるので、基本的にビジネス書やハウツー本です。
当ブログは、完全ネタバレの自分自身のための覚え書きのために作成しております。

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