忙しい大人のための、政治・経済がよくわかる参考書! 大人に必須の基礎教養である憲法、人権、金融、紛争、貿易などについて網羅的にまとめました。政治を自分事として捉えられるようになる視点が詰まっています!

大人の教養 面白いほどわかる政治・経済
出版社: KADOKAWA
発売日:2023/5/26
単行本:256ページ
著者:執行 康弘
兵庫県出身。東進ハイスクール・東進衛星予備校、駿台予備学校、代々木ゼミナール、実践学園中学・高等学校、警察大学校講師。
「暗記」の大前提となる「理解」にこだわり、「なぜ」に注目した授業を展開。現在の制度や仕組みをわかりやすく説明することで、「楽」に「わかった」と気づかせることを追究している。受験生の学習意欲に火をつける絶妙なトークで多くの支持を厚め、毎年多くの受験生を第一志望校合格へと導いている。今、最も勢いのある実力派講師の一人である。
この本を読むきっかけ
この本を読む前に「経済で読み解く日本史(上念司著)」を読みました。
大変おもしろく読ませてもらったのですが・・
・日本史がうる覚え
・近代の経済(財政・金融政策)についてすみずみまで分かっていない
という有り様でした。
こんなぼんやりした状態で「経済で読み解く日本史(上念司著)」の読書紹介をするわけにはいかない!
ましてお金に関する仕事をしているのだから、ここはいったん立ち止まってとことん会得してやろう!と思い、
「政治・経済」が分かる本を探しました。
なかなかムズカシイ本が並ぶ中で、私が求めていた「分かりやすい本」に出会いました。
大学受験用の本を大人向けに抜粋してあるとのこと。
ちょうど子どもが大学受験で、たびたび質問してきて返答に窮することもあったので「答えられる親」になるためにも一石二鳥、この本でもって吸収させてもらうことにしました。
「経済で読み解く日本史(上念司著)」を紹介するための前知識なので、主に経済中心に抜粋してあります。
さらに私自身が必要と感じた周辺情報は他の文献から追加補強してあります。
本書は、政治・経済についてとても分かりやすく、まんべんなく書かれています。
ご興味のある方はぜひ本書をご購入下さい。

戦後の日本経済
第二次世界大戦前
1929年10月GM(ゼネラルモーターズ)の株価急落を発端として、ニューヨーク証券市場の株価が大暴落し、
世界に波及(世界恐慌)
この恐慌から経済を回復させるため、各国はブロック経済政策を行い保護主義にはしる。
ブロック経済:本国と植民地のみで貿易を行い、他国からは高関税を課す。
輸出で有利に働くよう、通貨価値を引き下げのため紙幣を大量に印刷。
金本位制では限界があるため、管理通貨制度へ移行し自国通貨安へ誘導(為替ダンピング)
植民地をほとんど持たない国は、自国経済を回復させるためには他国の富を奪うしかないと考え第二次世界大戦へ発展。
第二次世界大戦終了
1944年 国債経済秩序安定のため、連合国国際通貨金融会議(ブレトンウッズ会議)を開催。
- IMF(国際通貨基金)為替相場の安定
- IBRD(国際復興開発銀行・世界銀行)戦後復興のための長期融資
- GATT(関税及び貿易に関する一般協定)
- 固定相場制
- ドルを基軸通貨(キーカレンシー)とし、各国の通貨をドルと一定比率で交換できるようにする
- ドルのみが世界のどこでも金と交換できる仕組み(金1オンス=35ドル)
第二次世界大戦終了後
1945年 GHQ(連合国軍総司令部)により軍国主義の除去と日本の民主化を目的とした五大改革を指示。
- 女性参政権の付与
- 労働組合の結成奨励
- 教育の自由主義的改革
- 秘密警察の廃止
- 経済機構の民主化
- 農地改革
- 財閥解体
- 農地改革(寄生地主制の解体)
-
寄生地主が所有していた土地は、収奪同然な非常に安価な価格で買い上げられ、小作人に安価な値段で売り渡された。
寄生地主制度・・地主が小作人に土地を貸し出して耕作させ、成果物である農作物の一部を小作料と言う名の地代として徴収する制度。 - 財閥解体
-
アメリカ経済にとって脅威となる財閥を弱体化させる
1946年 財閥が所有する株式を一般投資家に売る
1947年 独占禁止法・過度経済力集中排除法を制定
(1997年 独占禁止法改正案が可決成立→持株会社解禁)
戦後の日本経済の課題
- ・悪性インフレ
-
旧軍人(復員)たちへの恩給、軍事関連費の支払いのため紙幣乱発+モノ不足によりハイパー・インフレとなる。
1946年2月 金融緊急措置令(通貨量の制限)
新円切替で旧円を無効化→預金封鎖→支払額制限→インフレ小康 - ・エネルギー不足
-
1946年 傾斜生産方式で石炭の採掘、鉄鋼の生産などに人的・物的資源注入。
復興金融公庫を設立し、復興金融金庫債(復金債)を発行、その多くを日銀が引き受け、市場に供給する貨幣の量が拡大、復金インフレが起きる。
GHQによる経済政策
- 1948年 GHQによる経済安定九原則を指示
-
財政の均衡,徴税の促進,融資制限,賃金の安定,物価統制,貿易・為替の管理,輸出振興,生産増強,食糧供出の促進
- 1949年 ドッジ・ライン
-
ドッジ(GHQの経済顧問となったデトロイト銀行頭取)が立案した、復金インフレを鎮静化させるための財政金融引き締め政策。
緊縮・均衡予算と1ドル=360円の単一為替レート設定(1952年IMF加入時より)
ドッジ・ラインによりインフレは収束したが、深刻なデフレ不況が発生、失業者が増大・企業の倒産が相次ぐ(安定恐慌) - 1949年シャウプ勧告
-
日本における長期的・安定的な税制と税務行政の確立を図るため、シャウプ使節団が来日。
日本の税制改革に関する勧告を連合国最高司令官マッカーサーに提出。
直接税中心主義の徹底、地方税を独立税とするなどを主な内容とした。
勧告書の基本原則は、1950年の税制改正に反映。
日本の税制の問題点
- ・複雑な税制
-
元々、日本の税制は直接税中心だったといえるが、戦費調達を目的として非常に多くの間接税が課され複雑化している。直接税比率(国税54%、地方税37%)
- ・運用上の不公平
-
例:所得税は家単位(同居親族)単位での合算申告制であるため、給与所得者が不当に有利になっていた。
- ・地方自治体の財政力の弱さ
-
国税の比率が高く、地方自治体の歳出は国からの補助金に頼っており、地方自治体の独立性が阻まれている。
- ・税務行政における問題
-
高額所得者が合法的に税金を安くする「抜け道」ある。また帳簿等の不備による脱税も多い。
税制改正骨子
- 所得税
-
- 所得税の最高税率を引き下げ、全体として所得税は減税。
- 富裕層の資産に対して富裕税→1953廃止
- 有価証券譲渡益に総合課税→1953廃止、有価証券取引税新設→1988譲渡益に分離所得課税→1999有価証券取引税廃止
- 法人税は、35%の比例税のみ。
- 贈与税・相続税は、最高税率を高くする。
- 公益団体への寄付は免税。
- 間接税の整理
-
- 酒税、関税等を除きほぼ廃止。
- 1989年に消費税が導入されるまで直接税中心主義
- 地方自治の独立性の強化
-
- 国からの交付金の一方的決定の排除
- 国・地方自治体間の徴税と行政責任の明確化
- 税務行政の改善
-
- 前年実績を基礎とする予定申告
- 所得税申告書の簡易化
- 青色申告制度の導入
- 高額所得者の所得金額公示制度(長者番付)
- 年末調整は税務署にできるだけ速やかに移管すべき
第1期高度経済成長<1950年代半ばから1965年>
内需の拡大が経済を牽引
高度経済成長期・・実質で年率10%以上の高い経済成長を記録した時期
IBRD(国債復興開発銀行)からお金を借りて、東海道新幹線や東名高速などの整備を行う。
1964年 OECD(経済協力開発機構)へ加盟、先進国の仲間入り
- 1950年 朝鮮戦争
-
マッカーサーは、デフレで苦しんでいた日本から衣料品や医薬品、車両などの軍需物資を調達するよう指示
→特需景気(神武景気)1954.12~1957.6 - 高度経済成長初期の好不況の波
-
神武景気 1954.12~1957.6 → なべ底不況1957.7~1958.6
岩戸景気 1958.7~1961.12 → 昭和37年不況(転換型不況)短期間(10か月)の不景気
東京オリンピック開催 1964年
オリンピック景気 1962.11~1964.10 → 昭和40年不況(証券不況)1964~1965
いざなぎ景気 1965.11~1970.7 - 国際収支の天井
-
当時の日本は常にドル(外貨)が不足している状態。
→輸入が増えればドルが流出。
→輸入を減らすために金融引締め(公定歩合引き上げなど)
→設備投資抑制
輸出が輸入を上回るようになった「いざなぎ景気」の頃には解消 - 戦後の経済成長の背景
-
- 復員による労働力
- 傾斜生産方式によるエネルギー再生
- エロア資金(占領地域経済復興資金)、ガリオア資金(占領地域救済政府資金)による援助
- 1ドル360円の固定相場制
第2期高度経済成長 <1965年~1973年>
外需中心と公共事業
解放経済体制の幕開け。輸出の増大と建設国債の発行による公共事業の拡大が経済を牽引
- 1968年GNP第2位(この頃から公害、都市の過密化、地方過疎の問題)
- 1965年頃からベトナム戦争 ◇アメリカは莫大な戦費により経済後退、金の国外流出へ
- 1971年8月 ニクソンショック ◇金とドルとの交換停止を発表、一時的に変動相場制に移行
- 1971年12月 スミソニアン協定(スミソニアン合意)◇ドル安にして固定相場制へ復帰することを確認
- 1973年先進各国は変動相場制へ移行
- 1973年第一次石油危機(第四次中東戦争)
- スタグフレーション CPI(消費者物価指数)が20以上も上昇する「狂乱物価」
- インフレ対策としての総需要抑制政策(公定歩合引き上げなど)
- 1974年 戦後初のマイナス成長
- 1976年 キングストン合意 ◇変動相場制(管理フロート制)への正式な移行
- 1979年 第二次石油危機(イラン革命)
ペティ・クラークの法則
産業が高度化することにより、産業の重心が第一次産業→二次→三次へ移行
日本:重厚長大産業(鉄鋼・造船)→石油危機後 軽薄短小産業(コンピュータ・自動車)
1980年代の日本経済
円が世界を席巻。日本経済のピーク。
対米輸出拡大によりアメリカの対日感情悪化・貿易摩擦
- 貿易赤字(高金利政策によるドル高)
- 財政赤字(軍事費増大と減税政策)
1985年9月 プラザ合意
先進国が協調してドル売り介入し、ドル安へ為替相場誘導。
1ドル240円→120円台へ
プラザ合意後、日本は円高不況に陥る。
公定歩合引き下げた結果、供給過剰となった円が土地や株へ流れ(財テク)バブル経済(資産インフレ)が始まった。
1987年2月 ルーブル合意
ドル安になってもアメリカ経済に好転がみられなかったため、今度は先進国が協調してドル安是正へ
しかし、思うようなドル安の是正にいたらなかった。
1987年10月 ブラックマンデー
アメリカの双子の赤字・西ドイツの利上げなどの要因から、投資家の不安が膨らみ、株の売却が促進されニューヨーク株式市場で株価が急落。
日本では、公定歩合を低水準のまま維持(2.5%)した結果、ますます日本国内に資金をあふれさせ、バブルの発生に至った。その後、不動産融資総量規制、地価税導入、公定歩合引き上げが行われ、バブルは崩壊。
その後の平成不況の「失われた10年」に至る。
1990年~2000年代の日本経済
1991年 バブル崩壊
- 政府は税収不足
- 銀行は不良債権処理
- 企業は3つの過剰(雇用・設備・債務)
1993年クリントン大統領の円高容認発言により、1995年4月最高値1ドル79円75銭を記録。
中小企業の倒産、金融機関の破綻(住専、北海道拓殖銀、日本長期信用銀、日本債権信用銀、山一證券)が相次ぐ。
1996年一旦景気は浮上したが、1997年には、消費税が3%から5%に増税。
健康保険負担も1割から2割へ増加(2003年から3割負担)
その頃安い中国製品な国内市場に出回り、デフレスパイラルに陥る。
大手銀行への公的資金注入、RCC(整理回収機構)を通しての公的資金による不良債権の買い取りが行われ、国民からの批判を浴びる。
安い中国製品は他国にも流入しているが、デフレに陥ったのは日本だけなので、日銀による資金供給不足がデフレを招いたとの指摘もある
2001年 小泉内閣誕生
- 構造改革
-
- 規制緩和や自由化
- 特殊法人の統廃合
- 独立行政法人の新設
- 道路公団の民営化
- 郵政民営化への道筋
- 市場化テストの導入
- 公務員の純減
- 地方分権
-
- 構造改革特区の創設
- 三位一体の改革
- 市町村の統合(平成の大合併)
2002~2007年は「いざなみ景気(小泉景気など)」が起こった。
2001年からのゼロ金利政策や外需産業の好況が要因と言われる。
しかし、企業は内部留保や配当にあて、賃金の上昇を抑えたために、一般家庭には好景気という実感はなかった。
派遣などの不安定な雇用が増加し、格差が拡大。
2008年 リーマンショック
2007年サブプライム問題表面化し、2008年リーマンショック(リーマンブラザーズ破綻)から深刻な不況へ。
アメリカではゼロ金利政策、400兆円のお金を市場に供給。
日本はアメリカに比べてたいした金融緩和をしなかったため、円高となり、リーマンショックの影響をもろに受ける(政府・日銀の対応の悪さ)
民主党政権から再び自民党政権へ
2009年には自民党は下野し、民主党政権発足。
2011年3月に東日本大震災発生。
2012年安倍内閣発足し、自民党が与党に復帰。
安倍内閣による「アベノミクス」が始まる。
※アベノミクス…デフレ・円高からの脱却、名目3%以上の経済成長の達成を図ることを目的とする
- 大胆な金融政策
- 機動的な財政出動
- 民間投資を喚起する成長戦略
2013年2月からは日銀に黒田総裁が就任し、2%のインフレ目標を設定し、従来とは異なる量的・質的金融緩和を実施。
2008年の麻生内閣のときに株価は6,900円台まで下落しましたが、2023年3月には27,000円台まで回復。
日銀やGPIF(年金積立金管理運用独立法人)が買い支えているのが要因。
新型コロナウィルスの流行、ロシアのウクライナ侵攻など、予測できない事態が世界で起こっており、今後も経済情勢の行方を確認していく必要がある。
感想(後編)
現在の租税(税制)の基礎はGHQ時代に作られたものなのだと知りました。
戦後から最近までの経済の流れを一気通貫で学んでみて、私が体験したできごとなどを思い出しました。
バブル崩壊やリーマンショックなど、当時はインターネットが普及していなかったのでワイドショーばかり見ていましたが、それで物事の本質をとらえることはできませんでした。
その前に基本的な経済の知識を知っていれば、ある程度は正しい理解ができていたかもしれません。
投資系YouTubeなどでは目先のチャートやトレンドなど近視眼的な流れを追いかけていますが、長期投資目的ならば、政治や経済の潮目が転換するときに見直すだけの運用でまったく問題ないことを再認識しました。
経済を学ぶことでブレない「体幹」が鍛えられたような気がしました。


