シンプルで合理的な人生設計 ①合理性の基礎知識

「日本人は合理性を憎んでいる。だからこそ、合理的に生きることが成功法則になる!」 前著『幸福の「資本」論』で幸福を3つの資本で定義づけた橘玲氏が、「人生の成功法則」について「合理性」を軸に3つの資本を再検証。最新の学術的知見を織り交ぜなら、現代人が「自由に生きる」ための理論、手段、実践を突き詰める。

今回ご紹介する本

シンプルで合理的な人生設計

出版社 ‏ : ‎ ダイヤモンド社
発売日 ‏ : ‎ 2023/3/7
単行本 : ‎ 356ページ
著者:橘 玲
2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。同年、「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30万部を超えるベストセラーに。06年『永遠の旅行者』が第19回山本周五郎賞候補。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。

目次

この本を読むきっかけ

前著『幸福の「資本」論』は刊行当時2017年に「おもしろそうだな」とすぐ購入して読みました。それまで思っていたモヤモヤしていたことが、体系化して分かりやすくまとめてあり、スッキリし腑に落ちたのを覚えています。
行き当たりばったりの生活をしている思春期の子どもに、意味のある行動を諭しても屁理屈をこねるので、どうやって伝えるべきか考えあぐねていたところ『幸福の「資本」論』を思い出しました。
学校生活が主体で世間知らずな子どもが、進路選択を経て社会に出て生きていくにあたって、ベースとなる根源的な考え方を伝えたいと思い『幸福の「資本」論』を買い直しました。
書店に言ったら、『幸福の「資本」論』の続編である「シンプルで合理的な人生設計」(2023/3/7)が平積みされており、合わせて購入。
『幸福の「資本」論』を一から読み直したのち、続けて「シンプルで合理的な人生設計」を読みました。
たった5年間ですが、その間にも世の中はかなり変貌を遂げました。
しかし基本的な原則はブレずに変わっておらず、現在の世の中の状況に合わせた例示をしていたり、科学の進歩による新たなエビデンスや、そのことで前著の研究が覆ったことなど、5年間のアップデートを感じることができました。

プロローグ

自由に生きるため(成功する)には、人生の土台を合理的に設計せよ

著者は20年前から「自由とは哲学的・心理的な問題ではなく、自由にいきるための経済的な土台をもっているかどうかで決まる」述べてきました。
現在ではFI(Financial Independence)と呼ばれています。
前著『幸福の「資本」論』はこれを拡張して、幸福の土台を「金融資本」「人的資本」「社会資本」という3つの資本で説明しましたが、本書では、この土台を「合理性」という枠組みにフォーカスしてより詳しく書かれています。
土台がしっかりしていれば、その上で演じる物語の選択肢は大きく広がるはずです。
そんな“強靭な土台”を持っていることを、本書では「成功」と定義します。

合理性とは

投入した資源(リソース)に対してより多くの利益(リターン)を得ること

コスパ・タイパ・リスパ

人間が「生き物」である以上、すべてのひとに共通する条件があります。

  • 物理的制約・・人間は空を飛ぶことはできない
  • 資源制約・・1日は24時間しかないし、成功しようと思えば1日8時間の睡眠が必要
  • 社会的制約・・人間は社会(共同体)のなかに埋め込まれているため、つねに他者の評価を機にしていなくてはならない

私たちの人生は、ありとあらゆるトレードオフから構成されている

資源が有限だからこそ、わたしたちは選択しなくてはなりません。これを「トレードオフ」といいます。
資源の制約があるために、好ましい結果のすべては実現できません。(あちらを立てればこちらが立たない)
そしてこの原則は、本書の最後まで一貫しています。
解決できる問題は、すでに解決されてしまっています。
残された問題は、なんらかの制約があるために単純な解決が不可能なもの(=トレードオフ)だけです。

意思決定には「短期的な最適化」と「長期的な最適化」があります。

短期的な最適化「進化的合理性」

幸福度が高い。脳の報酬系が刺激されて大きな快感を得られる
例)テーブルにある美味しそうなケーキを頬張る

長期的な最適化「論理的合理性」

面白みはないが、将来的には幸福度(効用)がもとも大きくなる
例)テーブルにある美味しそうなケーキはダイエットや健康のために我慢する

幸福は進化的合理性からしか得られない

「合理的な選択」とは、進化的合理性を排除して、論理的合理性を一致させることだとされます。
これは間違いではありませんが、人間の本性を無視しています。
なぜなら幸福感は進化的合理性からしか得られないからです。

選択とは「有限な資源の配分問題」で、意思決定の目的は、「短期的にも長期的にも幸福度(効用)が最大化するような資源の最適配分を達成すること」です。
しかしこの目標は、そもそも矛盾しているので簡単には実現できません。
「なにかを得るためには、なにかをあきらめなくてはならない」のです。

対処不可能な問題は「問題」ではなく、状況であり、環境であり、現実です。
人間と現実が闘ったとき、勝つのは100%現実の方です。
解決できない問題を解決しようとして悩むのは人生の無駄なのです。

選択する必要が少なければ少ないほど、人生はよりゆたかになる

選択という行為は、つねに2つのコストを発生させます。

処理コスト

認知能力を消費すること。
多くのトレードオフに直面し、つねに選択していると、脳は疲れ果ててしまう

機会費用

なにかを選べばなにかを失う

リンゴとミカンがいずれも100円で、財布に100円玉が1個しかない場合、リンゴとミカンのトレードオフを軽減する賢い方法は「財布に200円入れて買い物にいくこと」です。

選択を避けるもっともシンプルな戦略はお金持ちになること

「お金」という資源制約よりさらに重要なのは「時間」という資源の制約です。
理屈のうえでは、経済的な制約は資源を増やす(お金持ち)になることで解決できますが、時間の制約は物理的生物学的に限界なので、解決方法がありません。

人類、生き物の歴史のなかで飢餓はもっと重大なリスクでした。
脳は食べ物が欠乏する世界で進化してきたため、食べ物が有り余る世界でも、すこしでも空腹を感じると「このままでは死んでしまう!」と全力で警報をならします。
その後の貨幣経済では、お金がないと実際に死んでしまうので「食料の欠乏」と「お金の欠乏」を同じものとして扱うようになり、産業革命以降は「時間がない」体験も「食料の欠乏」「お金の欠乏」と同様に扱いました。

「お金の欠乏」はあらかじめお金を手にしておくという解決方法があります。

じゅうぶんな金融資本があれば、「お金が足りない」という警報がならないようにできます。
それによって余裕が生まれ、身心にストレスをかけずにパフォーマンスが上がり、成功へとつながるのです。

それに対して「時間の欠乏」には、この効果的な方法が使えません。

よい選択とは、コスパとリスパを最適化すること

資源が有限であれば、それをいかに有効に使うかが重要になります。

CP(コストパフォーマンス)

同じ費用でできるだけ大きなリターン(利益)を得ることを目指す。
同じ仕事をするのであれば給料/報酬が高い方がコスパがいい。

RP(リスクパフォーマンス)

同じリスクならより大きなリターンがある方がいい。著者の造語。
同じ給料/報酬なら、安定していた方がリスパが高い。

人的資本の場合は、ここに「やりがい」や「自分らしさ」という心理的要素が加わります。
金融資本を扱うときのように、人的資本をファイナンス理論でクリアに論じることはできませんが、資本からリターンが生まれる以上、コスパとリスパはやはり重要です。

タイパの本質は人間関係のコスト

TP(タイムパフォーマンス)

同じ時間でできるだけおおきなリターンを得ようとすること。コスパの時間版。

タイパが重視されるようになった背景には「コンテンツが多すぎる」という事態があります。
従来の市場経済では、企業は「消費者のお金」という有限をめぐって競争をしました。
いまでは、「ユーザーの時間」という希少な資源をめぐる熾烈な競争が行われています。
貨幣経済から「関心経済(アテンション・エコノミー)」に移行しつつあるのです。

市場にコンテンツが氾濫すると、それを処理するため、ユーザーはますますタイパを意識し、同じ時間でより多くのコンテンツを消費、企業はさらにコンテンツを投入します。

若者たちが映画を早送りしてまでタイパを最大化しようとするのは「友だちとの会話についていくため」だとすれば、そもそも友人ないなければこんなことをする理由もないのではないでしょうか。

マルチタスクは生産性をさげるだけ

タイパを上げる方法として一時期マルチタスクが唱えられ、その後、マルチタスクのブームは急速に廃れました。
脳科学の実験によって、脳はそもそもマルチタスクができるような仕組みになっていないことが明らかになったからです。
マルチタスクで仕事の効率を上げようとすると、酔っぱらいながら仕事をするのと同じことになってしまい、「時間が足りない」という問題を解決しようと思って、状況をさらに悪化させていることになるのです。

満足度を最大化するのではなく、後悔を最小化する

アメリカの心理学者バリーシュワルツは、2004年に「選択肢が多すぎるときめられなくなり、幸福度が下がる」と主張して大きな反響を呼びました。
シュワルツは、すべてのことに最高を求めるひとを「マキシマイザー(利益最大化人間)」と名付け、選択肢が飛躍的に増えている高度消費社会では、この戦略はいずれ破綻するほかないと論じました。

わたしたちが選択する際、親切な誰かが選択肢を減らしてくれるわけではないので、そんなときはどうすればいいのでしょうか?
この問いにたいしてシュワルツは、マキシマイザーではなく「サティスファイサー(満足化人間)」になりなさいといいます。
「まずまずいいものでよしとして、どこかにもっといいものがあるかもしれない、とは考えない」ひとのことです。

睡眠と散歩は最強の自己啓発

睡眠こそがもっとも効用の高い成功法則

眠る理由としてもっとも有力なのは「ハウスキーピング機能」説です。
オフィスビルを掃除するには、昼間よりも誰もいない夜間の方が効率がいいのと同様に、睡眠は昼間の活動中にはできないことを行う時間なのです。

睡眠時の学習は、眠りの深さによって役割がちがいます。
タイピングのような運動能力は深夜のN2睡眠、言語記憶はN3睡眠、情動記憶や問題解決に関するのはレム睡眠、視覚的な識別能力課題では、夜早い時間のN3睡眠と深夜のレム睡眠が長いと翌日の成績が上がりました。

同様に、ノンレム睡眠中にセロトニン濃度が(覚醒時に比べて)下がっていき、レム睡眠に入るとセロトニンの放出が完全に停止します。
レム睡眠時には、ノルアドレナリンの放出も阻害されます。
(ノルアドレナリンはアドレナリンの脳内版で、いま目の前にあることに注意を集中させる効果がある)
レム睡眠時にノルアドレナリンが消えると集中がほぐれ、セロトニン濃度もほぼゼロになることで、覚醒時には無視していた弱い連想が活性化し、つながりを強く感じるようになるとのこと。

レム睡眠で夢を見ている時、ひとは「拡張マインドワンダリング」とでも呼べる状態になり、さまざまな連想をつなげています。
実際、睡眠中の脳画像でDMNの変化が大きいほど、翌日の課題の成績が向上していました。

※DMN(デフォルトモード・ネットワーク)要するに「ぼーっとしている」こと

覚醒時には、脳は目の前の課題を処理しなくてはならないので、強い関係を優先し、弱い関係を脇にどけておきます。
ですがこれは弱い関係を忘れてしまうのではなく、「気になること(気がかり)」を無意識にタグ付けしているとのこと。
そして夢をみているときや所在ない時間にDMNが活性化すると、こうした記憶が呼び出されてさまざまな連想が生まれるのです。

ジェフ・ベゾスが睡眠を優先し、1日8時間ぐっすり眠ることにしている理由です。

慢性的な不眠症の理由は、生理学的には交感神経系の過活動で説明できます。
危機に直面すると交感神経が興奮し「逃走/闘争」に備えるために代謝率が上がります。
これによって身体の中心の体温(中核温)が高くなりますが、眠るためには逆に中核温を1度ほど下げる必要があります。
その結果(代謝率が高いことで中核温が下がりにくくなり)眠るのが困難になります。
さらに交感神経が興奮すると、ストレスホルモンが分泌され、心拍数が上がります。
通常であれば、浅い眠りから深い眠りへと移行するにつれて心血管システムの活動が穏やかになるのですが、脈拍が早い状態ではこの移行がうまくいかず、さらに眠るのが困難になります。

不眠症とは「脳がずっと緊張状態にある」ことなのです。

脳内の化学物質であるアデノシンは「起きている時間を計測する装置」で、脳内でアデノシンが増えるにつれて眠りたいという欲求が高まります。
これが「睡眠圧」ですが、カフェインにはこのアデノシンから出る睡眠信号を消し、眠気を覚ます効果があります。

アルコールはもっとも強力なレム睡眠抑圧因子の一つで、夢をみることができなくなります。
複雑な知識を脳に定着させるのに数日間のレム睡眠が必要ですが、アルコール摂取で眠りによる学習効果は阻害されます。

わたしたちは昼間のぼーっとした時間に、睡眠時の処理に備えてさまざまな「気になること」をタグ付けしていますが、スマホなどによってマインドワンダリングする時間が少なくなると、このタグ付けができなくなります

睡眠とならんで成功にとって重要なのは、歩くこと

運動不足による死亡リスクは肥満によるそれの2倍で、毎日20分の散歩が死亡リスクを3分の1下げます。

毎日のウォーキングは筋肉は刺激し、マイオカインをつくることで、特定の種類のがんや心疾患を予防します。
そればかりか、自己免疫疾患を防ぎ、血糖値を下げることで2型糖尿病を予防し、不眠を改善して血圧を下げ、コルチゾール(ストレスホルモン)の血中濃度を下げることでストレスを軽減する効果もあります。
さらには、散歩は脳の老化やアルツハイマー(型認知症)を予防します。

1日は24時間ではなく10時間しかない

睡眠と散歩・運動は誰でもいますぐ始められる最強の成功法則です。
これは朗報ですが、時間制約はますますきびしくなります。
運動する時間や、日中、ぼーっとしている時間も加えれば、一日のうちに自由に使えるのは6~8時間になってしまうでしょう。

進化的合理性と理論的合理性

選択の結果は累積する

良い選択をすると、改善した状況を前提として次のよりよい選択が可能になります。
悪い選択をすれば、悪化した状況で次のより不利な選択をするしかなくなり、正のスパイラル(よい選択の連鎖)と負のスパイラル(悪い選択の連鎖)に二極化して、人生が天国と地獄に分かれるということが起きます。

よいことも悪いことも慣れていく「限界効用の逓減」

生存や生殖のためにやらなくてはならないことがたくさんあるため、「よいこと」の限界効用はすみやかに逓減し、縄張りを守ったり、つがい行動(パートナー探し)をしたり、もっと大事なことができるようになっています。
限界効用の逓減は「悪いこと(つらい体験)」にも同じように働き、「負の効用」も時間とともに逓減し、つらい記憶を忘れ(あるいはさほど気にしなくなり)、新たな希望とともに人生を歩み始めることができます。

幸福は直観と理性の微妙な綱渡りのなかでしかみつからない

進化的合理性とは「直観」
理論的合理性は「理性」

人生の目的は合理的に生きることではなく、幸福度(効用)を最大化することです。
従来の経済学は、人間を経済的合理的に選択・行動する「エコン(経済人)」だと想定してきました。
それに対して行動経済学は、わたしたちが多くのバイアス(歪み)をもつ「ヒューマン」であることを明らかにしました。
その後、実験によってさまざまなバイアスを見つけ出し、脳がどのようなプログラムになっているかを解き明かすリバースエンジニアリングが流行しました。
これは多くの重要な発見を生み出したものの、その一方で、「合理性=善/不合理=悪」という単純な善悪二元論の誤解を広めることにもなりました。
つねに目先の幸福度(効用)にとらわれていては破滅がまっているだけです。
これはたしかに正しいものの、その一方で、脳が理論的合理性でつくられているわけではない以上、合理的な選択・行動が幸福(効用の増大)を保証してくれるわけでもありません。

もっとも効果的に幸福になる方法は、お金持ちになること

限界効用の逓減は、一定の閾値を超えると効用(幸福度)が上がらなくなります、それと同時に、その閾値に至るまでは効用が大きく上昇します。
だとすれば、幸福になりたいひとが真っ先に取り組む課題は金融資本を大きくすることなのです。

利益の快感より損失の苦痛の方が大きい(プロスペクト理論)

神経系を通じて脳に送り込まれた膨大なデータは、2つの思考回路で処理されることが脳科学でも確認されています。

ニエル・カーネマン「二重過程理論
  • 直観と呼ばれる進化的合理性は「早い思考」
  • 理性に相当するとされる論理的合理性は「遅い思考」

こうした脳の仕組みが明らかになってくると、論理的合理性から外れるさまざまな「脳のくせ」が研究されるようになりました。これが「バイアス」で、進化の過程で生まれた「思考のバグ」です。
するとここから、プログラミングと同様に「バイアスに気づき、思考のバグを取り除いて論理的合理性にちかづければ、よりよい意思決定ができる」との主張が現われるのは必然でした。

しかし、直観と理性は対立するものではなく、早い思考と遅い思考を組み合わせて正しい意思決定をするように進化してきたのです。
直観が得意なのはパターン認識で、得をしたパターンと損をしたパターンを(無意識に)記憶・計算することによって判断しています。
理性は論理的思考なので、データ化し期待値を計算しないと正解にはたどりつけません。
直観がこれほどまでに優れているのなら、なぜ理性が必要とされたのでしょうか。

パターン認識能力は、同じことを繰り返し、そのたびにフィードバックが得られる状況でもっとも鍛えられます。
思考を繰り返して大量のデータを収集できれば、それを統計的に解析することで、直観的な判断に近似させることができるので、機械ならばつねに正確な答えを返してきます。
そうして知識社会が高度化するにつれて、進化的合理性(直観)の価値は下がり、論理的合理性(理性)に適応できたひととのあいだの「格差」がひろがっていくのです。

直観はものすごく役に立ちますが、これまでと異なるパターン(過去に経験したことのない出来事)と遭遇すると、参照できる基準がないために系統的なエラーが起きます(「バイアス」)

ヒトにとっての進化適応環境は、数百万年の旧石器時代で、ヒトの脳はそこで生存・生殖の可能性を最大化できるように進化・設計されてきました。
ところが産業革命を機に急激に社会は変化したものの、きわめてゆっくりとしか進化しない生き物(遺伝子)は、変化に素早く適応できないのです。

近代の知識社会では、理屈(ロジック)によって社会のルールがつくられ、それにどれだけ適応できるかで個人が評価されるようになりました。
こうして論理的合理性(理性)が支配的になったことで、進化的合理性(直観)との差が「バイアス」として意識されるようになったのです。

「資源制約」と脳の3つの特徴

脳はきわめて大きなエネルギーを消費する贅沢な臓器です。
(脳の重量は体重の2%だが、基礎的な消費カロリーの20~25%を占めている)
進化適応環境では食料はきわめて希少だったので、脳のエネルギーをできるだけ節約し、機会を逃さぬ選択をするために、脳はとくかく楽をして、いろいろなことを(パターン認識能力によって)素早く判断するように進化しました。
こうした「資源(リソース)制約」から進化的合理性には次のような特徴があります。

1. 目の前の利益を最大化する

進化適応環境では「いま、ここ」の状況に対処することが重要で、長期的な計画を立てても意味がないことが多かった

2. すべてを単純な因果論で判断しようとする

直観的に判断したとしても、自分がなぜそうしたのを納得するために、都合のいい因果関係をつくりあげた

3. 客観的な事実はさほど重要ではない

生き物(利己的な遺伝子)にとって重要なのは、生存と生殖の可能性を高めることで、正しさ(客観的な事実)はそれに役立つ範囲で採用すればいい。

「社会制約」と脳の4つの特徴

社会化されたヒトにとって、さらに4つの「社会制約」を備えたと思われます。

4. 周囲に同調する

共同体から排除されることはすなわち死を意味したのだから、嫌われたり反感をもたれたりすることを恐れ、さけるようになった

5. 共同体のなかで評判を獲得しようとする

子どもを産み育てて遺伝子を後世に残すためには共同体の中で大きな評判を獲得し、目立たなければならない

6. 共同体に所属する者には共感する

ヒトの子どもは動物のなかでは例外的に長い養育期間を必要とするため、相手を大切に思う気持ちが育まれた(共感力)通常他の共同体メンバーには及ばない

7. 共同体に所属しない者を排除する

限られた資源をめぐって争ってきたので、共同体とは敵対するように進化した

脳がハックされる時代

意思決定に影響を与えるバイアスは24もありますが、選択や行動をするときに、これらを意識的にチェックして“バグ”を修正することなどとうてい不可能です。
だとしたら、バイアスを一つひとつ見つけてはつぶしていくのではなく、もっとシンプルな意思決定の法則を見つけ出さなくてはならなりません。

合理的な意思決定とは、ものすごく簡単にいうならば「バイアスを修正して論理的に選択・行動する」ことです。
このような(実現不可能な)アドバイスが支持される背景には、脳の仕組みが解明されたことで、企業が消費者やユーザーの系統的なエラーを利用し、「脳(直観)をハック」されるようになったからです。

どのような企業も競争に生き残るために、ドーパミンを産生させて「欲しい」という衝動を高めるビジネスモデルに行き着きます。
報酬系を刺激されると強烈な欲望を喚起という、物学的に設計されている脳の仕組みを利用されると、抵抗する術はほとんどありません。
問題は、こうしたバイアスを意志のちからで修正することがきわめて難しいことです。
そんなことが簡単にできれば、これほど多くのひとが依存症に苦しんだりしないでしょう。

脳の報酬系を刺激するビジネスモデルは、マシン・ギャンブリングきわめて洗練された手法が開発され、アメリカのギャンブル業界の収益の85%は「マシン」からもたらされています。
依存症が大きな社会問題になっている現在では、顧客の生活を破壊するような過度なゲームは厳しく規制されています。そこでギャンブル業界は、プレイヤーの“生涯予測価値”を算出し、長期にわたってすこしずつ収益をあげようとしているのです。

多くの場合、認知を変える(これはかなり大変だ)より環境を変える(転校や転職、転居する)方がうまくいく可能性が高く、これが「合理的に成功する」考え方の基本になります。

確率が選択の問題になるとき

データの分布がベルカーブでリターン(期待値)が同じでリスクだけが異なる場合は、リスパによって最適な選択はひとつに定まります。
統計学以前は、因果論で説明できるごく限られたこと以外は、直観によって「なんとなく」予想するしかありませんでした。
しかし、統計学の誕生によって、人類ははじめてリスクを管理できるようになりました。
合理的意思決定というのは、リスクのある状況において、データを統計的に解析することで、不利益を最小化しつつもっとも効用の高い戦略を選択することです。
これはビジネス用語で「リスクマネンジメント」と呼ばれます。

合理的意思決定理論の3つの条件
  1. すべての事象を観察し、データ化できる
  2. その事象のばらつきが正規分布(ベルカーブ)になっている
  3. 複数回の試行によって平均的な結果を実現できる

ただし、統計的に未来を予測できるケースはほぼすべて計算しつくされてしまっていて、残っているのはデータが足りないとか、繰り返しの試行ができないとか、統計学がうまく使えないケースばかりです。
これが「合理的意思決定理論は役に立たない」といわれるゆえんです。

わたしたちは、自分で管理できる(と思っている)リスクを小さく見積もり、自分ではコントロールできないリスクを大幅に高く見積もります。
交通事故のリスクはさして気にしませんが、ワクチンの副反応はものすごく怖いという感情は、理論的には正当化できませんが進化的には合理性はあります。
このようにして「統計的に正しいことが、個人にとって正しいとは限らない」という状況が生ずるのです。

「リスク」は統計的世界(ベルカーブ)の事象のばらつきで、データが揃っていれば将来を確率的に予測できます。
それに対して「不確実性」は複雑系(ロングテール)の出来事で、「とてつもないこと」が起きる可能性がつねにあり、原理的に未来を予測することはできないのです。

超予測者は「永遠のベータ版」

古代ギリシア人は、「キツネがたくさんのことを知っているのに対し、ハリネズミはたったひとつ重要なことを知っている」と述べました。

予測が下手なハリネズミの考え方
  • 専門的:1つか2つ大きな問題を専門とすることが多い。分野外からの意見は疑う
  • 硬直的:全部をひっくるめたアプローチにこだわる。新しいデータは元のモデルを補強するために使う。
  • 頑固:間違いは運が悪かったと考えるか、特別な環境のせいにする。
  • 秩序を求める:ノイズのなかからシグナルを発見できれば、世界を支配するきわめて単純な原則をみつけることができると思っている
  • 自信がある:曖昧な予測をすることはなく、意見を変えることをよしとしない
  • イデオロギー的:より壮大な理論や闘争により、日々の多くの問題が解決されると思っている
予測が上手なキツネの考え方
  • 総合的:もともとの政治的立場にとらわれることなく、さまざまな分野に取り組む
  • 柔軟:最初のアプローチが機能するかどうかわからなければ、新しい方法を見つけたり、同時に複数の方法を試したりする
  • 自己批判的:(うれしくはないが)すすんで自分の未来予測の間違いを認め、非難を受け入れる
  • 複雑さを受け入れる:世界を複雑なものとして見ており、多くの基本的な問題は解決不能、あるいは本質的に予測不能だと思っている
  • 用心深い:確率的な言葉で予測を表現し、断定を避ける
  • 経験的:理論よりも経験を重視する

超予測者は「永遠のベータ版」で、「試す、失敗する、分析する、修正する、また試す」という思考サイクルが大好きなのです。

サティスファイサーの戦略

経済学者のチャールズ・マンスキーは、大きく意思決定の基準を3つに分けています。

1. 期待厚生基準
  • 経済学(功利主義)の典型的な考え方
  • 与えられた条件のなかでもっとも厚生(幸福度)が大きくなる選択をすること
  • すべての情報が手元にあるのならこれが最適解であることは間違いない
  • 多くの選択は不確実性の状況下で行わなければならない
    (期待厚生基準で対処できる問題は、ほぼすべて解決されてしまった)
2.マキシミン基準
  • 行動が生み出す厚生の最小値で行動を評価し、その構成の最小値のなかでいちばんましな構成を生む行動を選択する。
  • マキシミン基準はきわめて保守的な意思決定につながる。イノベーションなど起こるわけがない。
3.ミニマックス・リグレット基準
  • 後悔(リグレット)を最小化することをいう。
  • その選択をしなかった場合、どれくらい後悔するかを考え、それを最小化するような予測をする

複雑系の世界では最適な選択などといったものは存在せず、せいぜい妥当な選択しかありません。
それをより成功に近づけるのが「試行錯誤」です。

マキシマイザー(利益最大化人間)は「もっといい選択ができたのではないか」といつも後悔することになるといいます。
ミニマイザー(リスク最小化人間)は、ひたすら現状にしがみつくしかなくなってしまいます。
サティスファイサー(満足化人間)は、完璧な選択を目指すのではなく、適度なリスクをとり、トライ・アンド・エラーで一歩ずつ成功へと近づいていく戦略で、幸福な人生を実践できる可能性が高いと思われます。

感想

前著『幸福の「資本」論』で述べられていることと基本的には同じでした。
幸福の定義、リソース(資源)、トレードオフ、そして合理性について、最新の研究結果や脳科学・行動遺伝学などの知見を加えてより詳しく掘り下げています。
「コスパ・リスパ・タイパ」については若者を中心にしごく当然の考え方になっていますが、前著『幸福の「資本」論』発刊当時の2017年にはそこまで浸透はしていなかったと思います。
なので、前著『幸福の「資本」論』を2017年に読んだ時は、合理的な生き方について「なるほど!」と目からウロコの落ちる思いでした。
「日本人は合理性を憎んでいる」と著者が感じているとおり、2023年になった今もまだまだ合理性を否定する人々が多くを占めています。
しかし、脳科学や行動遺伝学を利用して企業がマーケティングを行っている現在となっては、そういった事実を知らないでいることは自身の「損失」につながり、いつまでたっても「幸福」にも「成功」にも近づけないと思いました。

この記事を書いた人

FPあちこのアバター FPあちこ 1級ファイナンシャル・プランニング技能士

保険や投資信託などの金融商品の販売はしないコンサル専業FPです。
「読書好き」と言うわけではありませんが、コンサルのこと、自己啓発のこと、人生のことなど、"知りたいこと"や"課題解決"の目的があって本を読んでいるので、基本的にビジネス書やハウツー本です。
当ブログは、完全ネタバレの自分自身のための覚え書きのために作成しております。

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